春風亭一蔵さん インタビュー


1981年7月13日生まれ。東京都出身。

 

━噺家になろうと思ったきっかけは?
大学は行ってないので、7年間社会人をやって噺家になりました。
きっかけはやっぱり今の師匠への一目惚れですかね。僕は高校卒業してすぐ結婚したんですよ。それで、25で別れるんです。
それまで手っ取り早く稼げるトラック運転手をやってたんですけど、いよいよ一人で好きなことやろうと思ったときに、その当時落語が好きだったんで寄席とかホール落語とか観に行ってたら、やっぱりうちの師匠いいなあと思って。
それで弟子入りしちゃったっていう。2回断られたんですけど、3回目でラブコールが届きました。

 

━前座名は朝呂久さん
あさろくじゃないです。ちょうろくです。気軽にチョロキューって言ってください(笑)
うちの師匠は鳴り物がすごい得意。歌舞伎座で笛吹いてたような人なんです。
その時の先輩とか師匠とかが、望月長左久、朝呂久っていって。要するに鳴り物の名前からとったって言ってました。鳴り物名でいるんですよ。

 

━一蔵ってちょっと渋いというか
僕、一蔵になりたくて。ていうのがまたこれもあれなんですけど。
うちの師匠の奥さんが先代の片岡市蔵って歌舞伎役者の娘なんですよ。
で、その片岡市蔵の市は市場の市なんですけど、それを漢数字の一に変えて、どうしてもその名前が欲しいな、いいなと思って。

 

━そこもスムーズに?
そりゃ女将さんからね、やっぱ口説いて。やっぱ呼びづらいじゃないですか。
うちの師匠にとっては義理のお父さんだし、うちの女将さんにとってはお父さんの名前だから。
だからその「女将さんいいですか?」って言ったら、まあそれこそね(柳亭)市弥がいるから、市馬師匠のとこで一蔵って取られるよりいいねって(笑)
音が被っちゃうんで。イチバ、イッチョウって。それでそんな話になりました。

 

━それが2012年
(柳亭)市弥さんと全くの同期です。“三人衆”ってもう1人同期がいて、もう1人は小辰っていう・・・
まだミッドナイト寄席には出てないかもしれないですけど。これがまた名人で。
3人でユニット組んで、年間で10公演以上はやってる同期会があるんです。もし良かったら遊びに来てください。
切磋琢磨して、いい刺激になってます。

 

春風亭一蔵さん

 

━趣味は競艇
もう僕は命賭けてます。本当に。
父がね、博打好きだったんでその名残でよく行って。もう本当に好きでね。まだそっちは稼げてないんで、一応こっちが本業ですけれども。
1年間で我々寄席の出番があるんですけれど、寄席の給金を全部そこで使うっていうのを毎年やってまして。

 

━坂上忍さんみたい
坂上さんは多分ちゃんとしたギャラも全部なんですけど、僕はギャラはね、一応食ってかなきゃなんないんでね。
寄席の割っていうのがまたあるんですよ。
都内4軒ある寄席にかおつけてもらったその封筒を一芝居一芝居大事に置いておいて、それを開けて大阪に行くっていうのを毎年やってます。

 

━自分のネタに競艇を取り入れることは?
ありますあります。マクラとかでも喋りますし。
こないだなんか三題噺やったときに競艇の話にしたり。
でも僕は借金あったりしないから、全然付き合っても大丈夫だと思いますよ!この人は借金とかいっぱいあるんじゃないのって思われるかもしれないですけれど、それは大丈夫ですから!

 

━サウナも趣味
僕は水風呂は大の好きで。水風呂って恐怖心あるでしょう?怖いですよね。
あれはね、サウナ入るでしょ、それで水風呂入りますよね。「それが気持ちいい」って言ってるやつ素人なの。
水風呂ちょっとでも入った後、どこでもいいから腰かけてください。その座った瞬間に今日のあなたの疲れがとれますから。
どーんと下に疲れが落ちていきます。それを是非味わってください。是非これはね本当に。本当にすごいです。本当ドーンと落ちますから。

 

━ゴルフも趣味
まあ100前後ですよ、遊びゴルフですから。でも好きでちょこちょこ行ってますね。
運動はこのガタイですからやっぱゴルフぐらいですかね。僕は始めてから2年半くらい。
二ツ目になってちょっと経ってから先輩でゴルフ好きな人がいて。「じゃあ一度俺のクラブ貸してやるから」ってのが始まりです。

 

━すごく飛びそうですね
この間、河川敷ですっげー風だったのね。もう10mぐらいの北風。で、河川敷だから行きはアゲンストで帰りフォローなわけよ。
そしたらフォローでティ―ショット、パーンっていったら本当にいい当たりしたの。そしたら300ヤード飛んでたよ。
風に乗って。これ松山級ですよ。だから残りも50ヤードぐらい。240ヤードのポールがあるんですよ。ここだいたい狙いなさいよって。
それより明らかに5、60は前にいた。だから測ってないけどだいたい300。でも、そのあと3つ叩いてパーだった(笑)

 

━二席やった感想は?
一席目は短いのだったんですけど、二席目はちょっとたっぷりやらしてもらったんで本当にありがたいですね。
お相撲の話が好きで、お相撲も趣味ですよ。よく観に行きます。
自分で相撲?取らないですよ!!(笑)がたいインスピレーションやめてくださいよ!(笑)

 

━配信というあたりの意識は?
全然してないです。
ただ、正面切りました。マクラのときに。普通はお客さんいるから左右に振るんだけど、一応正面向いてやりました。

 

━これからの目標は?
やっぱりそりゃあなんとか賞金王決定戦で勝ってね、来年何とか前座にちゃんとお年玉を。年末の大一番。
それで勝って前座にちゃんとお年玉を渡すってのは当面の夢っていうかね。稼がないと払えないから。そこなんですよやっぱり。
前座以下にみんなあげるんですけど、それを何とか払えるように、頑張ろうって。去年は大損こいて、本当に謝りながら金払ったり、いろんなところから借りたりして払いましたけど。
一昨年はバカ儲かって、いつもだったら1000円しかあげないところ2000円あげたり。1人2人じゃなくて40人ぐらい渡すから、それのためにもやっぱ賞金王。それが当面の目標です。

 

━最後に一言
もしかしたら来年痩せるから、太ってる一蔵は最後になるかもしれませんので、これ観といてくださいって言っといてください。
「あー太ってたなーあいつ昔」っていう最後の映像かもしれないんで。



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三遊亭歌太郎さん インタビュー

1982年7月7日生まれ、大田区出身。2017年NHK新人落語大賞受賞。━調べたところ水泳、文房具屋巡り・・・などなど趣味がたくさんあるようですが。水泳はたまに泳ぎますね。子供のころ、6年間ぐらいやってました。文房具屋は好きなんですよ。筆ペンが好きで、とりあえず試してみようと文房具屋を回ってみるんですけど、ぺんてるが一番です。ネタ帳を書かなきゃいけないので始めました。━宇宙も趣味?きょうのマクラでも話したんですけどね・・・宇宙はすごいですよ。地球に月がぶつかったわけですよ。わかりますか?それの角度が違えば今みたいになってない。それがちょっとでも違えば人間は生まれてないかもしれないじゃないですか。━深いですね。子どものころから宇宙に興味があったんですか?いいえ、暇つぶしにYouTubeを見ていて。━(笑)。木刀もやられる?夜な夜な近所で振り回していたんですけど、おまわりさんに見つかると怖いから今は防犯用に仕舞っています。運動用にバットと迷ったんですけど、バットにしとけばよかったと後悔しています。選択を誤りましたね。━包丁研ぎは?料理ってほどの料理はしないですけど、包丁を研ぐんです。出刃包丁と刺身包丁があって、それを研いでると落ち着くんです。━話は変わりますが、NHK新人落語大賞受賞、おめでとうございます。その後いかがですか?あんまり変わらないですよね。点数がついたんですけどね、4人10点出してくれて、桂文珍師匠だけ8点。そこが気になりますよね。そこを何とかしなきゃいけないと思います。そうするとあんまり喜んでもいられないっていうのがありますね。━課題は見つかりましたか?課題は前々からあるんですけど、やっぱり映像で見るといろいろ気になる部分って出てきますよね。普段映像では見ないので。音はよく聞くんですけど。そういう意味では課題だらけです。見えるものが変わるんですよ。同じ噺をやっていても、1年前とは違うものが見えているし、1年後はまた違うものが見えてくる。そうするとお客さんの好みにはハマらなくなるかもしれない。でもそれはしょうがないですね。━なるほど。今回、大賞をもらえたのもほとんど偶然だと思うんですよ。宇宙にしてもまた変なこと言いますけど(笑)、人間じゃない誰かがいたんです。その人が、私をいろいろいい方向にもっていってくれた。台風が来たのもそうだし、順番の抽選もそうだし、やってる最中に高座が動いたのもそう。キャスター式になっててロックがかかってなかったんです。そういういろんな要素が自分にプラスに働いたな、と思いますね。━高座が動いた時の会場の雰囲気は?お客さんはほとんど気づいてないと思います。でも「あ、動いた」と思って冷静になれたんです。入りすぎるとやりすぎるタイプなので、入りすぎずに済んだんですよね。話をしてる途中って小さい地震が来てもあんまり気づかないんですよ。━受賞後、どんな言葉がうれしかったですか?審査員に柳家権太楼師匠がいて10点つけてくださったんですけど、楽屋で会ったときに「おもしろかったよ」と言ってくれたのが、うれしかったですね。結構厳しい方なんで。その点、文珍師匠は8点ですからね(笑)━自分以外で気になる芸人さんはいますか?やっぱり新作やる人は面白いなと思いますね。お笑いのジャンルもいろいろですけど、落語ってすごく特殊だと思うんですよ。一人で動かず喋る。漫才とか二人で掛け合いだからそりゃテレビでも使いやすいだろうし、どうしたってそういうところで落語って難しい部分が大きいと思う。そう考えると落語家がどうやって落語をやっていくのか、のほうが気になる。そうなるとやっぱり新作やる人が気になりますね。A太郎さんとか。━テレビがご自宅にないとのことですが。ないですね。そんなに稽古しないですけど、見ちゃうとそればっかりになって脳みそを使わなくなっちゃうと思うんですよ。テレビって情報が出すぎちゃうから。脳みそ使わないと喋れないので、あえて見ないようにしています。━最後に、自分をアピールするような一言いただけますか?色紙に書くようにいろいろメモしてあるんですけど、そういうの一番難しいな~。「親のすね、かじりたいとき、親はなし」「怖くとも、毎日乗るぞ、体重計」無視してください(笑)皆さんなんて言ってるんですか?やっぱり面白くないとね・・・コレ、すごい名言だと思うんですけど、下ネタなんですよね・・・━ちなみに?「落語はセックス」やっぱりお客さんと作っていくものなんでね。これはすごいなあと思うんですけど・・・でも使えないでしょ?予備にしておいてください。三遊亭歌太郎動画一覧はこちらから

柳家小かじさん インタビュー

1988年8月18日生まれ。横浜市出身。━簡単にプロフィールを教えていただけますか?生まれも育ちも横浜で、今は浅草に住んでいます。師匠は柳家三三で、2013年2月に前座楽屋入り。それから4年半が経ちました。ずっと前座だったんですが、でもこうやって二ツ目に上がって。2016年11月に二ツ目に昇進して、いまちょうど2年目に突入ということでやっています。━趣味、特技は?趣味は海外ドラマを見ることですね。作品だと『ウエストワールド』『ゲームオブスローンズ』とか。SFでもコメディーでも何でも見ますね。━海外ドラマはご自身の芸に生かされている?話の展開、引っ張り方が面白いですから。「あぁ、こういうの生かせるんじゃないかな」とか「あの場面に似てるな」とか思ったりするときもありますね。━きょうの演目に『三方一両損』を選ばれた理由は?きょうの演目は本来二つに分けるものでもないんですよ。というのも、正直後半は訊きごたえもない。最初の啖呵の部分でワーワーやって、後半につながっていく。そこでブツっと切るものでもないが、配信というということで時間的に12~13分のほうが聞きやすいだろうし、興味があったら続きも聞いてくれるだろうな、と。逆に、後半を聞いてから前半を聞く楽しみ方もしてほしいですね。本来の落語ではできない楽しみ方もしていただければと思います。━気になる芸人さんはいますか?僕自身が法政大学の落語研究会に入ってまして。世代は違うんですけど、(瀧川)鯉八兄さんと同じ代で脳みそ夫さんというピン芸人がいるんです。学生時代にも関わりがあったんですが、いまちゃんと活躍してテレビ出たりしていてすごく刺激になっています。全体的にお笑い芸人になっている人が多いんですよね。後輩にはタイタンのまんじゅう大帝国って人がいて、もともとTBSラジオの『JUNK』とか出ていたのでうらやましく思っていました。あ、ラジオも趣味です━ラジオのお気に入りは?お気に入りはやっぱり『JUNK』ですね。自分の好きなものに関しては、「いつか自分も」という気持ちで聞いています。━お笑いにもたくさんジャンルがある中で落語を選んだきっかけは?落語が単純に面白いと感じたんですよね。それぞれのジャンルで特性はあるけど、落語の空気感に触れたときに、他のものでは味わえない何とも言えない感覚、空気感がすごい好きで興味を持ちましたね。━モットーの「明るく・楽しく・激しい高座」というのは?全日本プロレスのモットーからです。プロレスも好きなんです。━それでは最後に一言いただけますか?愚直にいきたい。愚かでもいいのでまっすぐに小細工なしでやっていきたいですね。━そのこころは?前座修行のときに三三師匠に言われた、というか誰かから又聞きしたんですけど、「仕事ができなくて出来も悪いけど、素直でまじめだからクビにしないんだ」と。それを聞いて、できるできないではなく物事に対する姿勢みたいなものはずっと見ててもらったんだなという部分を含めて、その姿勢はずっと大事にしなきゃいけないと思いましたね。━素晴らしいですね。余談ですが・・・落語付き同窓会を計画されているとか?そうなんですよ!LINEグループでやっているんですけどね・・・。僕はもともとクラスの中心ではなくて、細々とした感じだったので、いざ思いついてやろうと思ったはいいけど、僕幹事でやり始めても集まりがすごく悪い。そうしたら中心的なやつが「梶川(本名)がやってくれるのにどういうことだ!」と怒ってしまった。さらに、それを見て「すみません。私たちは仕事で忙しいので出席できません、つきましてはグループ抜けます」という人まで出てきてクラスの輪を乱してしまいました。私のせいでグループの人数が減って、久々に集まろうとしたら変な感じになっちゃって。どうなるかわからない、そんな会を企画しています。━この記事が掲載される頃には同窓会も終わっていると思いますが・・・そうですね。できれば来ていただきたいところです(笑)柳家小かじ動画一覧はこちらから

昔昔亭A太郎さん インタビュー

1978年6月8日生まれ━芸名にアルファベットが入っているというのはどうですか?恥ずかしいですね。師匠に付けて頂きました。初めて聞いたときは、“人生終わったな”って思いました(笑)でも、感謝です。━よかったことは?多少は目立ちますよね。人と比べたら。だけど大体どこ行ってもふざけてる、って思われます。覚えやすいので、よろしくお願い致します。━ご出身は京都とのことで。生まれは岐阜なんですけど、嫌で。生まれてすぐ一人で横浜に引っ越しました(笑)それから東京行って。で、小学校5年生から高校卒業まで京都で育ちました。ですから前は京都出身と言ってたんですが、今は岐阜ってことにしてます。京都だと上方落語の方がいらっしゃるんで遠慮してます(笑)━落語家になろうと思ったきっかけは?記憶がないですね。いつの間にかなってました。━趣味とか特技ってありますか?いまタップを習ってます。きょうも朝やってきたんですよ。やっと買ったシューズも持ってますよ。やっぱり芸人たるものたけしさん(ビートたけし)に憧れがあるので。でも本当は、漫才のおぼんこぼん先生のタップを見て感銘を受けてやり始めたんですが、それは内緒にしています。━練習はどのくらいやってるんですか?週1回やっています。始めてまだ半年くらいですね。芸人たるもの、やはりチャップリンを目指しています。12月に発表する会があるんですよ。歌ってタップやるっていう。━落語とは別ですか?全ては落語に繋がるのでしょう。━落語に限らず他の芸人さんに芸を見ることは多いですか?もうそれは、お笑いがもともと好きなので。青春はダウンタウンさんですね。落語家だと憧れになっちゃいますけど志ん朝師匠とかかっこいいですよね。でもそれは気軽に言ったら殺されるというか、お前が言うな、ってなるんで(笑)ただ、やっぱり憧れます。━近場で意識している人は?喬太郎師匠とか、古典と新作の両方やるっていうのはやっぱり理想だと思います。両方やりたいですね。━2015年に受賞されている「渋谷らくご・奇妙な二ツ目賞」というのは?特別賞で、二度とない賞でしょうね。誰も欲しがらないでしょう(笑)━受賞がきっかけで何か変わりましたか?やっぱり変わってるなって思われますよね。名前と併せて変わってるなって。まあこれは運命なんじゃないですかね?僕は普通にしたいんですけど。本当はまっすぐ生きたいです(笑)でもそれは名前が“A”になっちゃった時点で決められちゃったんですね。悲しい現実です・・・僕は志ん朝師匠を目指してるのに(笑)━改名の予定は?真打で“A”はカッコ悪いかなってのはありますけどね。かといって他の名前もなかなか。なんか良いのないですかね。募集しましょうかね。━いまの高座の印象、手ごたえはいかがでしたか?スタッフの方々の反応が笑っていいのかダメなのか、もしくは本当につまらないのか・・・不安でした(笑)でもこれはもう、切り替えて堂々とやろうと思いました。━『皿屋敷』と『罪と罰』を選んだ理由は?最初だから慣れてるのやろうかな、と。一つ目は古典で、二つ目は新作。新作は前座のころに作ったやつです。いろいろ反応見ながら変えてますけど、きょうはいちばんオーソドックスなやつをやりました。原点に返るいい機会だなと。今度はたっぷり怪談話とか人情話とかやりたいですけどね。━寄席場以外で寄席をやるとしたらどこでやってみたいですか?山の中で。俺が上で待っててみんなが登ってくる。それで聞いて帰ってもらうっていう。僕は先に車で行って待ってます。皆さんは必死で“あれが聞けるんだ!”って来てほしいですね。何人来るかな。それかドームとかでやりたいですね。コンサートみたいに。ど真ん中でやりたいです。ドームでコンサート、目標です。歌ったりタップやったり。日本舞踊も習ってるんで踊ったり、例えば落語やったり・・・たまに落語やったり・・・━日本舞踊以外にも何かやられているのですか?もともとスポーツは好きなんですけど。続けてやってるのはないですね。水泳やったりたまに運動したりはありますけど、続けてるのはないです。笑いが趣味です。趣味を仕事にしたら行き詰りますよね。━座右の銘とかありますか?死あるところに生あり。これはやっぱり何事も無駄じゃないってことですね。何か失敗したところでそれは何かにつながるよ、という。っていうのを僕がいま作ったんですけど(笑)オリジナルの座右の銘です。いままさに生まれた、この瞬間に生まれた座右の銘です。って言ってて既にあったら嫌ですね、ありそうですよね。まぁ、すぐ忘れると思います(笑)昔昔亭A太郎動画一覧はこちらから

瀧川鯉八さん インタビュー

鹿児島出身。1981年3月27日生まれ。いまの高座の手ごたえは?12年噺家やってますけど・・・いちばん良かったです(笑)嚙んだり間違ったりもしましたけど、いつになく「そんなもの、かまわない」って、細かいミスも気にせずできました。うまくできたからいいってことではないのでね。大きな心で心地よくできました(笑)━きょうの演目「俺ほめ」に登場するマーちゃんは実在するんですか?マーちゃんは別に誰でもいいんです。みんなに投影できるように。承認欲求の時代ですから(笑)ほめてもらいたいって気持ちはみんな誰でもあると思うので、時代を反映してます。大人はみんな「ほめて」って人に言えないから、僕が解放してあげているんです。━プロフィールは?18歳まで鹿児島にいて、大学入学を機に上京しました。卒業したあとは決まった仕事には就いてなかったんですけど、アルバイトとかしながら25歳で入門しました。━入門のきっかけは?昇太師匠の名前は存じ上げていたので、昇太師匠の落語会を見に行ったらたまたま僕の師匠が一緒に出ていて。あまりの面白さに雷に打たれました。僕も別に仕事もしてなかったので「もうこの人に弟子入りしよう!」と。一目ぼれしてすぐにお願いしに行きましたね。法政大学の落語研究会では落語を特別好きになるってことはなかったんですけど、卒業してプラプラしてるときにCDで落語を聞きながら好きになっていったかんじですね。ちょうどそのタイミングで師匠を見て、ビビっときました。CDで聞いていたのは上方の米朝師匠とか、そのお弟子さんの枝雀師匠。僕も鹿児島なのでもしかしたら西の感じのほうが入りやすかったのかもしれないですね。米朝師匠と枝雀師匠っていうのは言葉もすごくわかりやすくて、初心者の方には必ず薦めます。そこから志の輔師匠とか聞いて、「あ、落語って面白いな」って思って。なので、はじめから古典落語が好きだった類ではないですね。最初はちょっと難しいなって思っていたので。━2015年には渋谷らくご大賞を受賞ということで。2015年は俺の年だと思ってました(笑)それからは緩やかに右肩下がりだったんですけど、きょうベストが出たんでよかったです(笑)━趣味、特技は?三線を習い始めました。最近、海外進出も含めて南のほうに行く機会があって。━海外で落語ですか?そうです。A太郎兄さんとは2016年にイタリアで落語やりましたね。イタリア語でネタを暗記して。人間の口って、その人種に合った言語っていうのがあるらしいんですよ。で、僕の口のつくりとか、舌の長さとか、歯並びとかは、日本語よりもイタリアの言語のほうが合うっていうのを、日本で勉強したときに先生に言われてたんですよ。「“もちゃもちゃ”してるかんじがイタリア語の方の発音に近いね」って。それで実際に覚えて行ったら現地のイタリア人から「めちゃくちゃ発音良いね!でも落語は超つまんないね!」って言われました。だから、そのくらい僕の言語が届いたってことなんですよ。面白いか面白くないかがわかるくらい。だから“あぁよかった僕の言語届いたんだ”って(笑)━お客さんはどういう反応をするんですか?これがですね!僕は自分で作った新作落語をやっていて、ターゲットは自分同世代から前後10歳くらい。だからざっと言って20~50歳手前くらいの方なんですけど、イタリアでもおじいちゃんおばあちゃんには全くウケなかったですね(笑)ただ、イタリアの若い人は日本と同じところでウケてくれました。イタリア人は褒めるの好きだから「俺ほめ」やればよかったですね。━で、話を三線のほうに戻したいんですが・・・(笑)あ、そうですね(笑)やっぱり二ツ目も人多いし、競争の中にいるんで、常に押し出しの強い芸をしなきゃいけないってとらわれがちなんですよ。自分では競ってなくてもそうなってくるんで。それで南国に行ったときに、ゆったりした感じっていいなと思って。僕の好きな師匠もゆったりした芸風なんで、その南国で原点回帰みたいなことを感じて。で、やっぱり沖縄の文化って豊かだからそれも学びたくて。だから三線をできるようになってから沖縄のおばあとかに会いに行こうかなと思ってますね。教室には毎週1回行くんですけど、それもまだ始めて3ヶ月くらいです。━他には趣味はありますか?純喫茶巡りですかね。各地の純喫茶に行くっていう。僕は気づいてしまったんですよね。これぜひ参考にしていただきたいんですけど、国内旅行に行くときってどこ行くか迷うじゃないですか。普通ってガイドブックとか買って見ますけど。僕、純喫茶と路面電車が好きなんですよ。別に鉄道オタクとかじゃないんですけど、路面電車だけが好きなんです。で、路面電車って昔は全国にあったんだけれども、車の発達によって無くなっていって、いま全国で13箇所しかないんです。それを見に行ってたら気づいたんですけど、路面電車が今なお残っているっていうことは、昔の文化を大切にしている街ってことなんですよ。昔の街を大切にしているってことは東京とかと景色が全く違うんです。ってことは、昔ながらの純喫茶ももれなくあるんです。で、そういうところは食べるものも地のものを大切にしているって気づいたんです。━なるほど。その13都市はすべて回られたんですか?それをいま回っているところで、これまでに7都市行きました。制覇を目指しているんですけど、この間は函館行って、広島行って、長崎も行きましたね。長崎はいちばん感動して、長崎の新作落語を作りました。漢字で『長崎』。その『長崎』を長崎でやったら、生涯でいちばんウケましたね。僕は長崎の人じゃないのに長崎に恋して全編長崎の落語を作ったんですよ。その土地の固有名詞とかもそのまま使って。だから長崎の人が聞いたら、「長崎の出身じゃない人がこれをやってるっていうことは、我々へのラブレターなんだ!」ってなっているわけですね。そしたら向こうも、人から好きになられたら100%の愛で返してくれるんですよ。だからその高座中が両想いなんです。愛の溢れる、ハッピーな、全編笑いに包まれるという!まぁ、それはきょうやってないんですけど・・・(笑)━ぜひ次は『長崎』をお願いします!純喫茶では何か召し上がるんですか?ホットケーキは必ず食べます。最近のパンケーキじゃなくて、昔の安い感じのホットケーキを頼みますね。あとはやっぱり純喫茶のいいとこっていうのは、学生の団体とかがいないんで、ゆったりした時間が流れているんですよね。おじいちゃんとかおばあちゃんがいて。だからゆったりした空気が好きってところで共通していますね。ここでやっと三線とつながりましたね。━他のお笑いの方を見る機会は多いですか?あんまり見ないですね。今は情報が多いんであんまり見ないようにしていて、それでも入ってくる情報は確かなんだろうなと思って見るようにしています。自分から拾いに行くと情報が多すぎてキリがないので。テレビ自体は好きです。映画が昔から大好きで、落語にも映画的な手法を取り入れたり。きょうの2本は短めなのでそういうのはないんですけど、それこそ『長崎』とかはロードムービーみたいにしてます。━いちばん影響を受けた映画は?それを絞るのは非常に難しいんですけど、フィンランドのカウリスマキっていう監督がずっと好きで。カウリスマキが日本に来たら必ず行くっていうバーによく行きます。あとは最近でいうと、「あ、これは素晴らしい脚本だな」と思ったのは、黒澤明の『椿三十郎』ですね。もちろん映画史に残る脚本だけど、思った以上に世間的に焦点が当たってなくて。落語的だったし、面白いし、品のいい笑いだったし、脚本のつくり方がパズルのようにハマっていく。短さも程よいですし。だから僕も落語は常に短くしようと思っています。落語家の悪い癖って、長くやっちゃうってのがあるんですよね。人間の集中力ってそんなに持たないんで。━視聴者に一言お願いします。僕を聞かずに死ぬと損しますよ、と言いたいですね。僕を知らないってことは人生損してますよ、と。━・・・わかりました(笑)あれ?ちょっと変えようかな?えーっと・・・次は僕だ。って書いてください。2018年のNextBreakerは俺だ。だから乗り遅れないでね~って(笑)瀧川鯉八動画一覧はこちらから

三遊亭めぐろさん インタビュー

1972年5月17日生まれ。師匠は三遊亭圓丈。━目黒区芸人ということで師匠が70歳過ぎて弟子の名前付けるのが面倒くさくなっちゃったんですよね。僕は8番弟子なんですけど、「どこ住んでる」って聞かれて「目黒のほうです」って答えたらこうなりました。前座のころは二子玉川に住んでいたので、二子玉丈(にこたまじょう)か玉々丈(たまたまじょう)のどちらかで、玉々丈になりました。━昇進に関係なく二ツ目の途中で改名されたとか?そうなんです。これも師匠と揉めたんですよ。玉々丈で二ツ目になったんですね。うちの一門は真打で1回名前が変わるだけなので、「そうすると俺あと10年玉々丈か・・・」って思って。これはちょっと良くないんじゃないかな?と師匠のところ行って「名前変えてください」と。そしたら師匠も「まじか」と。「本当に変えるの?」と聞かれたので「変えてくれなかったら辞めます!」って言ったら師匠もギクッとしてて(笑)泣いたふりとかして「辞めたくないよ~!」とかやってたら「じゃあ変えてやるよ」って中途半端なタイミングで変えてくれました(笑)他の弟子も師匠の気まぐれです。いまの白鳥兄さんも新潟出身だから三遊亭新潟だった。天丼食べてたから天どんって兄弟子もいますし、犬がちょろちょろって来たから「何かのお告げだ!」ってわん丈。うちは名前は適当です(笑)━玉々丈よりめぐろのほうがしっくりきてますか?玉々丈は、“汚れの人はちょっと”とか“下ネタでしょ”って思われるんだって気づいたんですよ。若手のころは変わった名前だから覚えてもらいやすいしメリットあるなって思ってたんですけど、いざ中堅に差し掛かってきたときにデメリットのほうが大きくなってきて・・・。大きい落語会とか由緒あるものには1回も呼ばれたことがないです。名前のせいです。※近くにいた三遊亭歌太郎(2017年NHK新人落語大賞受賞)「名前のせいじゃねーだろ!(笑)」先月までだったら言い返してましたけど、今はチャンピオンなんで何も言えないです(笑)━趣味はありますか?ジュースを飲むことかな・・・。喫茶店とか行ってジュースを頼むんですよ。そうすると、今どきこんなのある?みたいなのが出てくるんです。すっごい苦いオレンジジュースとか。ジュースを絞ったおじいさんのエキスが入っているような・・・何かを煎じているようなやつが出てくるんですよ・・・━ジュースに興味を持たれたきっかけは?もともと体質的にお酒が弱くて、居酒屋とかではウーロン茶とか頼んでたんですけど、それじゃつまんないな、ってミックスジュースを頼んでみたんです。居酒屋のミックスジュースってだけで怪しいでしょ?それがジュースとの出会いですね。古い喫茶店とかあったらジュースを探しに入りたくなっちゃう。━ベストオブジュースを教えてくださいお店の名前がわかんないですけど、学芸大学の喫茶店に梨をしぼったフレッシュジュースがあるんですよ。梨がひと切れレモンみたいに刺さってて。斬新でしょ?かじっても甘くもなんともないんですよ。でもジュースは甘い(笑)それがおいしくて。梨のジュースってあんまりないじゃないですか。だから一番インパクトありましたね。自分では作らないです。料理も簡単なものだけ。自分が食べるくらいのものをササっとやるだけです。あとは、野球を見に行ったり。たまたまヤクルト好きの落語家が多くてみんなで神宮球場に行って外野席で飲みながら野球を見たりとか。今年は毎週のように行ってましたね。━芸歴、師匠について教えてください落語家になる1日前まで見たことも聞いたこともなかったんです。TVでたまにやってるじゃないですか。それをたまたま見て面白そうだなと思って図書館行って、『落語入門』みたいなの読んだんですよ。そしたら最初のほうに“落語家になるには”って書いてあったので、この通りやってみようかなと思ってやってみたんです。たまたま仕事を辞めてニートだったので、浅草演芸ホールに行ってスタッフの人に「すいません落語家になりたいんですけど」って言ったら「あそこのおじさんが落語家ですよ」って教えてくれて。そのおじさんに「すいません、落語家になりたいんですけど」と声をかけたら「じゃあ話きこうか」って。それが師匠。なんであのときに歌丸師匠とか小朝師匠が歩いていなかったのか。運がなかったですね~━前職は?トラックとかバンでデパートに食料品とか雑貨とかを配送する仕事をしていました。思い切って違うことをやりたいなと。━喋ることがもともと得意だったんですか?喋るのは本当に苦手。落語家になって初高座まで結構もじもじするタイプでした。だからさっきの『コトブキ』の鈴木も自分を投影してるんですよ。もじもじしてる人とかのキャラが多いですね。自分にないキャラだと無理があるし、途中で超恥ずかしくなってくるんですよ。どっかで自分にある部分を大きくしていかないとやっててしっくりこないし照れくさくなっちゃうんですよね。━他の芸人さんはよく見ますか?結構見ます。漫才とかコントとかも小屋へ行って生で見たり。去年R-1グランプリに誘われて出たんですよ。それで顔見知りになったのもあったりして見に行ってますね。最近は若手の人たちが好きです。かまいたちとか千鳥とか。絶対に真似しちゃうので影響されないように一視聴者として、吸収はあまりしないようにしています。━座右の銘は?enjoyですかね。師匠が圓丈だから漢字?くさいですね!アルファベットでお願いします。ちょっとこれは師匠に気に入られそうだな(笑)━所作がお綺麗でしたが、踊りのご経験などは?やってないですけど、それは湧き出るオーラだと思います。漏れちゃってました?気をつけなきゃな~!━最後に一言お願いしますやっぱり新作落語を作っているので、オンリーワンの芸、世界で僕しかやらない芸を見に来てほしいですね。古典?やりますけど、上手すぎるので辞めました(笑)三遊亭めぐろ動画一覧はこちらから

古今亭今いちさん インタビュー

昭和63年8月26日生まれ、東京都大田区出身━小学校は全寮制私太っていたんです。大田区内の小学校に通ってたんですが、保健の先生から「あなたこれ以上太ったら死ぬよ」って言われまして、千葉の館山にある大田区立の健康回復の学校に編入したんです。肥満、喘息、虚弱、偏食・・・などを治すための全寮制の学校で、そこに4年の2学期から編入をして卒業して大田区に戻って来ました。その時に一緒に暮らした、同じ釜の飯を食べた仲間っていうのは今でもよく遊んだりなんかしますね。小学生で70kgとかあったのかな。━どっちつかずの体型「お前は太り方が半端だ」と言われることがあります。デブネタをやるのであれば大きくないと面白くないし、でも3桁は才能なので(笑)身長があって骨も太くて体が大きい方は太ろうと思えば頑張って太れるんでしょうが、私はそこまでの才能はない。頑張って痩せようと思ってもこの世界にいると自然と太ります。前座の頃は食べるのが仕事のようでした。「若いから食べなさい」って、世の中一般からしたらそんなに若かないですよね。━牛丼は飲み物?!我々の世界は年齢ではなく、年季の差みたいなもの。40いくつでも若手は若手。だから師匠方も「若いんだから食べなさい」っておっしゃりますけど、年齢を重ねて入ってきた兄さんなんかは大変そうでしたね。自分たちが動いて手配して、余ったものは全部食べるみたいな。誰よりも遅く箸をつけて誰よりも早く食べ終わらないといけない。そうすると喉の方が発達してきて、カツサンドなんか2回噛めば喉通るようになっちゃう(笑)牛丼も飲み物ですから(笑)完全に癖になってますね。━教員免許、取ったはいいけど・・・農業高校出身です。造園の勉強をしていて、学校の先生たちが結構面白かったんですね。そこから自分も農業高校の先生になりたいと思い、大学で教員免許を取って教員採用試験を受けました。先方と意見が合わなくて落ちちゃいましたが。先生も1人で人前で話すし、落語も同じだなって高校の恩師に話したら「お前全然違うよ。我々教員は生徒に教えて進級させて上に持ち上げるけどお前たちは全部落とすだろ」って先生の方がうまかったです(笑)━眞空拳拳法?眞空拳拳法は、簡単に言うと護身術。今ある体をどうにかして使おうと。小学校3年くらいから続けてて今もやってますね。走りこんだりはせずに、いかに理にかなった動きをするか。無駄がないってことはカロリーを消費しないので痩せないです(笑)これでも高校の時はバドミントン部だったんですよ。全然見えないでしょ?体を動かすのは嫌いじゃないですが、根性がないですね。━太っていたから落語に出会えた?自分はそそっかしく、飽きっぽいタイプ。農業高校時代も木を剪定したりするのはすごく好きだったんですが、成長を予想して形を整えた結果が出るのが1年後。その場で結果がすぐ返ってくるっていう方が自分にはすごく合ってるので、落語の方がコール&レスポンスで変えながら出来るというのが面白いですよね。考えると全部落語につながってます。落語との出会いも、館山に行っていた小学5年の学芸会で「寿限無」の劇をみんなでやったのがきっかけ。だから館山に行ってなければ、肥満じゃなければ落語にも出会ってなかったかもしれないですね。━敢えて、下手に今はなるべく落語を下手にやろうと思ってます。上手い人っていっぱいいるじゃないですか。その中で師匠に教わったままやっているとそれより先には行けないというか、越えられないので。マイナスの力があると逆にプラスにも力が出るみたいな。いい方向にずっと行くよりかは、一回逆のことをやってみるといいんじゃないかなと思っていて(笑)だから今回の収録もすごく下手です。下手にやろうとするのも難しいんですよね。自分の中で教わった間とかリズムを崩す訳ですし、崩そうとして本当に詰まっちゃうと駄目ですしね。━自分だけのベクトルで自分だけのベクトルでうちの一門が新作の一門なので、みんな言うのが「新しい笑いの形を創造しなくちゃいけない」。教科書みたいに“これが落語”っていうのは諸先輩方がやっているので、別のベクトルの落語もありじゃないかと。同じ噺でもやる人によってこれだけ違って面白いみたいな、多様性の面白さがある感じがしています。誰も行っていないところに行ければいいですね。そのために今は下手に、下手にやりたいなと。古今亭今いち動画一覧はこちらから

林家たこ平さん インタビュー

1979年7月4日生まれ、大阪出身━入門を決めたのは一瞬23歳の時、今から15年前くらいに上京しました。千葉の友達の家で居候みたいなことをしながらフラフラしていたんですが、たまたま休みの日に鈴本演芸場に寄席を観に行って、そこで師匠の落語を観て一瞬で入門を決めたんです。当時は就職していなくて、アルバイトをしながら、ただフラフラしてましたね。━カルチャーショック師匠を選んだのはフィーリング、第一印象かな。一目惚れですね。裏表のない師匠です。私が入門したころは結構テレビのバラエティなんかにも出ていたので知っていましたが、寄席とテレビでは印象が全く違いました。着物を着て座布団に座って・・・その時に初めて落語を観たのでカルチャーショックを受けました。━前座なのに独演会?!師匠の独演会が地方であったときのこと。師匠はテレビの収録かなんかで後から会場に入るから「お前は先に会場に行って準備しろ」と言われまして新幹線に乗ったんですが、その新幹線が止まってしまったんです。1時間も2時間も動かない。主催者の人と一緒だったので「どうしましょう」ってことで会場に連絡とると「師匠は今から来ても間に合わないから、師匠の独演会だけどたこ平さんとりあえず来てください」と言うんです。たしか1年目か2年目くらい。会場には師匠の独演会の看板が出ていて、でも出演は僕だけ(笑)「なんでもいいからやってくれ」と言われ、当時そんなにレパートリーがなかったので、それこそ前座噺ですよね。会場も結構大きかったですよ。5、600くらい席はあったんじゃないかな。開演時間も過ぎていてお客さんが半分怒っているような中お辞儀をして顔上げると・・・「シーーーーン」としていて拍手も何にもなかったです。『寿限無』とか『味噌豆』なんかを20分ぐらい話して降りちゃいましたね。その後はすぐに幕を下げてもらいました。今でさえウケることは難しいのに、その時はテンパっているし、前座がそんなところで落語をやるなんて間もなにもあったもんじゃなかったですよ。今考えてもゾッとしますね。━前座ロス?師匠は基本的に強く怒鳴るってタイプではないです。あんまり記憶にないですね。前座の時は、朝から師匠の家に行き、寄席が終わったら何があっても戻らなくちゃいけない。内弟子ではなかったですが、近所に住んで毎日行って寄席が終わったら必ず戻って、師匠のところで晩御飯を食べて、風呂なしのアパートに戻る。それを大体3年ぐらいやっていたので、そういう意味では厳しかったですね。でも今になってみるとありがたいような気もします。自分の時間は本当になかったので、二ツ目になった時はうれしかったです。意味もなく家の中を掃除したり。“何もしない”っていうのが悪いような気がして、ゆっくりしてちゃいけないみたいな感覚にはなりましたね。そういう意味では前座ロスでしたね(笑)━東京は自転車が便利散歩が結構好きで、上野公園とかをよく散歩してます。谷中から上野の鈴本へ行く道は、上野の山を越えていくと結構緑が多いのでリフレッシュできるんです。お芝居観たり、映画見たりするのも好きですね。今は乗っていませんが自転車も好きですね。東京って自転車があると便利ですから。電車と自転車があれば車はいらないでしょ。━師匠みたいになりたい目標は師匠。師匠みたいになんでも出来るような芸人になりたいです。仕事を選ばずに何でも機会があれば、きっかけがあればどんなことでもやらせて頂きたいなとは思います。林家たこ平動画一覧はこちらから

柳家やなぎさん インタビュー

1990年2月18日生まれ、北海道野付郡別海町━減量、叶わず協会のプロフィール写真は二ツ目になる直前ですね。二ツ目になったらどんどん痩せてやろうと思って意気込んでいた時です。あの頃は、二ツ目になれば痩せるだろうと思っていました。いわゆるデブキャラで売る自信が無かったので、僕は開き直れなかったんです。体も心配になりますし。でも・・・駄目でした(笑)━きっかけは現実逃避僕は全く勉強が出来なかったんです。高校3年生の時に授業に追い付けなくて、現実逃避で落語をきいたのが初めてでした。それから東京に出てきてアルバイトなんかをしていて、その頃に落語が世の中で一番好きだったので、じゃあ折角なら好きなことでご飯食べたいなと思ったんです。それに普通の企業で勤めている自分の想像が全くできなかったんです。普通に働いて、ちゃんと朝起きて、ご飯食べて、仕事行って・・・みたいなのが本当に1ミリも想像できなくて、生意気ですけどそういうこともあって噺家になりました。━夢のような見習い期間普通に働くよりも前座はハードだったかもしれないですね。でも好きなことですから。好きなことやっている時は平気です。最初の半年は盲目。毎朝自宅に行くと自分が惚れた師匠がいるわけですよ。だから最初の半年は「あー!さん喬師匠いるー!」「俺、さん喬師匠のお皿洗ってるー!」「俺、さん喬師匠入った後のトイレ入ってるー!」とかそういうのが続いて、見習いの半年は寄席を知らずに師匠のお宅にしか行ってなかったです。前座は寄席でそれどころではないので、あっという間に1日が終わっていきますから。期間としては長かったですけど1日1日を見れば随分あっという間に終わりましたね。━腐っていたあの頃今だから言えますけど、あの頃は随分腐ってました。前座って大体みんな腐るんですよ。目新しいものは楽屋にはないし、伸びしろもない。今だったらその時の自分に言います。「なんだって新しいし、何にもやることないなら高座を勉強しなさい」って。でも当時は「なんか早く終わんないかなー」って腐ってましたね。━ガンダムと酒普段はずっとゴロゴロしています。何もなければ家でゴロゴロして1日終わります。お酒飲んで終わり。二ツ目になってから、仕事をした日以外は飲まないと決めてますね。常備はしていますが、飲み始めるといつまででも飲んでしまうので。だから仕事した日はご褒美に飲んでいいことにしています。ガンダムを見て家でゴロゴロ。夢のようです。そうやって生きていきたいですね。お酒はなんでも好きですよ。━師匠、ごめんなさい!師匠はお酒を飲まない人なんですが「お前飲んでいいぞ」と言われ、最初はもちろん断わりますよね。でも進められて飲んで、気が付いたら僕が助手席で師匠が車を運転しながら「この辺でいいか?」って(笑)ごめんなさいっていつも思っています。同じことが何回かありますね。次の日は何事もなく「昨日はごちそうさまでした」って。だって師匠が飲めって言うんですもん(笑)僕だって「一人で帰ります」って言うんですよ。でも「いやいや送っていくよ」ってお言葉に甘えています。「テメぇ、この野郎」って思われているかもしれないな。━コツコツとやるのみ不器用なので本当にコツコツと目の前にある課題とか自分に出来ることをやって、噺家は死ぬまで噺家だと思うので、その頃には1ミリでも自分の師匠に近づいていたいですね。根本的に稽古をもっとしなきゃいけないと思います。とにかく噺をいっぱいやらないと駄目だなと思っています。━師匠のおかげ声が大きいのもこの世界に入ってからで、本当に師匠のおかげです。いわゆる腹式呼吸どうのっていう指導はないんですよ。だけど「さん喬」という師匠は、朝お宅に行って新聞を読んでいるところに「おはようございます」と言っても返事をしないんですよ。声を張って「おはようございます!」って言うと「おはよう」って返してくれる。無言で「お前の声は聞こえませんよ」って伝えてくれていたんだと思いますね。稽古の時も「腹から声出せ」って言われていました。一番最初に「こんちわ!隠居さんこんちわ!」って言うと「もう一回、腹から声出せ」って。初めて教わった噺も最初の「こんちわ!」だけで30分くらい。なので、この世界のことはこの世界に入ってから全部出来るようになりました。といっても、まだまだですね。もっと面白くなりたいです。柳家やなぎ動画一覧はこちらから